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生分解性プラスチック
2
音羽通信 2019.10 月号
循環資源研究所 村田徳
廃プラスチックによる海洋汚染問題は、
海洋生物が絶滅するという危機的状態にま
でなりつつある。そこで救世主のごとく現
れたのが、生物によって分解されるプラス
チックである。包装やBB弾といった、使い
捨てにされることを前提としたものに適し
ている合成樹脂と言う
陶磁器やガラス製品のように生物によ
分解されず、所望の形に加工することが容
易で、かつ身の回りで使用する際に求めら
れる強度などの物性を満たしており、化学
的安定であること
である。
生分解性材料には生体吸収性( 自然分解
) ( )のも
のがある。前者は医療系プラスチックのよ
に非酵素的に加水分解されるものであり
後者は酵素的に分解されるものである。
生分解性プラスチックと従来のプラスチ
ックを混錬した場合、生分解性プラスチッ
クだけが分解される一方で従来のプラスチ
ックは分解されずに残存するため、生分解
性の機能 失われる。生分解性プラスチッ
ク同士の組み合わせでなければ生分解性プ
ラスチックにはならない。
「生分解性を高める」ことは「物質の安
定性を損なう」ことである。現在のプラス
チックは化学的に安定で生分解性しないと
言う特性で、普及したともいえる。
プラスチックがどのような経路でその一
生を終えるのかを想定した上で、プラスチ
ックをデザインする取り組みが求められて
いても、そんなに都合よいプラスチックを
製造することはできない。
生活環境では分解されず物性が安定的に
維持されるが、海洋に流出すると崩壊や分
解が促進されるようにプラスチックをあら
かじめデザインしておき、仮に製造者や使
用者の意図しないところで海洋にプラスチ
ックが流出したとしても、マイクロプラス
チックの生成を抑制できる可能性があると
いうが、そんな都合の良いものができると
は思えない。
農業用マルチフィルム等は、使用後速や
かに分解されることが望ましいが、砂漠の
緑化に用いる保水性フィルムは年単位で分
解されるようにデザインする必要がある。
また、漁業を生業にしている人と、趣味
で魚釣りをしている人とでは、釣糸や漁網
の寿命への要求は、全く異なり、それに対
応する漁具用プラスチックなど開発不能で
ある。
生分解性プラスチックはプラスチックの
一種であり、生分解性プラスチックさえ開
発すれば、現状のプラスチック問題は解決
するというのは、幻想に過ぎない。
部分生分解性 が分解された
後は、目に見えないサイズの微細な通常プ
ラスチックの粉末が残るが、これらは自然
にはほとんど分解されない。これらが環境
に与える影響は充分にテストされていない。
1989
より
境に悪影響を与えない低分子化合物に分解
されるプラスチックである」と定義された。
この表現は曖昧であり1993年のアナポリス
サミットにおいて、「生分解性材料とは、
微生物によって完全に消費され自然的副産
物(炭酸ガス メタン バイオマスな
ど)のみを生じるもの」と定義された。
生分解性プラスチックには、生物資源(バ
イオマス)由来のバイオプラスチックと、
石油由来のものがある。生分解性であれば、
原料が何であるかは問わない。バイオプラ
スチックの全てが生分解性というわけでは
2
ないが、主流はバ
澱粉を原料 するものが多い。
主な生分解性プラスチックの成分として、
ポリ乳酸 ポリヒド
ロキシアルカノエート ポリグリコール
酸・変性ポリビニルアルコールカゼイン
PET共重合
ある。
完全生分解性プラスチックは、微生物な
どによって分解し、最終的に水と二酸化炭
素に完全に分解する性質を持っている。
認証基準
プラスチック協会は「3カ月で6割以上が分
」な は「 2年以
内に9
ゴミとして投棄された場合半永久的に分解
されずに残る従来のプラスチックに比べ、
自然環境への負荷は少ない。
部分生分解性プラスチックは、澱粉・
ルロース PVAなど
の生分解性材料と、通常のプラスチックと
の混合物である。
用途に応じてこれまでにさまざまな種類
のプラスチックが開発されてきたが、生分
解性プラスチックの種類は現状限られてい
る。
有機肥料の質に影響を与えることが く、
埋立てたり投棄されても、微生物が分解し
てくれるので、ゴミとしてたまることがな
く、天然資源由来の は化石燃料を
使用せず、化石燃料枯渇の未来における
一のプラスチックであると唱える人もいる
しかし、
だ製品が本当に
きるのか問題である
通常のプラスチックより高価であり、
ラスチックの利点であった耐久性 機能性
に劣る。また、使
であるため、リサイクルやリユースに向か
ない
我々の生活する環境に耐えられず、使用
中あるいは保管中に分解が進み、使用不能
となる可能性 ある
微生物によって分解させるので、埋立
などをする場合は、その時の微生物の状
気候などにより、結果 異なる。その
ため、管理された状況下でないかぎり、分
解にどれぐらいかかるのかは判らない
2000
に優しい素材としてもてはやされ印鑑登録
書のカードの素材として生分解性プラスチ
ック 使
カードが分解されてしまい破損が多発した
ため、それらの自治体は交換を呼びかけて
いる
部分
るプラスチック粉末(マイクロプラスチッ
)
半永久的に浮遊する。海鳥などがプラスチ
ック片を誤食するように小型濾過摂食動物
や動物性プランクトンがこれらを誤食し、
フィルターや消化管を詰まらせるなどの被
害を受ける可能性が指摘されている。
完全分解性プラスチック ないかぎり、
通常のプラスチックも最終的には機械的破
壊や紫外線により風化し同様の粉末となる
ため、非常に長い時間スケールで見れば通
常のプラスチック マイクロプラスチッ
クになる
は異なり、海でも海域や水深によって差が
ある。
ISO
分解性プラスチックの規格づくりを進めて
いる。
3
群馬大学では酸素が少ない海中で分解を
促進する技術を、東京大学では海中で分解
しやすいプラスチックを、それぞれ開発中
である。
生分解性プラスチックといっても天然の
微生物によって完全に水とCO
2
るものだけではない。
石油系のプラスチックの原料であるポリ
エチレンやポリプロピレンに、あらかじめ
酸化を促進する添加剤を混合して造った石
油系生分解性プラスチック(酸化型生分解
性プラスチック)もある。
これらは、紫外線・酸素・熱によってプ
ラスチックを構成する高分子の鎖が比較的
速く壊れて、微細なプラスチックに分解し
てしまうものである。
微細なプラスチックとはマイクロプラス
チックのことであるが ここでも自然界の
微生物によって分解されることを期待して
いる。
酸化型生分解性プラスチックは、大きな
プラスチックが破壊されて無くなってしま
うように見えるが、実は小さなマイクロプ
ラスチックになるだけで、生分解性プラス
チックと言っても、完全には生物分解はで
きない。
現状での生分解性の評価は、実験室など
の定められた環境の下で、生ゴミを手軽に
堆肥にできる容器中で20 60℃で行われる。
生物も特定のものが使用される。このこ
とは、自然の環境での生分解の状況を忠実
に反映しているとは言えない。ましてや、
土壌ではなく海水の中では、どのような微
生物により分解にどれくらいの時間がかか
るのかは、正確には分かっていない。
プラスチックは丈夫にできており、冷た
い海水の中では熱による酸化分解も起こり
にくいので、海洋でのマイクロプラスチッ
クの分解には何十年、いや何百年もの長期
に渡ることが予想される。
水中で生分解性に関して、ドイツのバイ
ロイト大学の研究グループの報告によると、
欧州で市販されている5種類の生分解性
ラスチックとPET
解性を調べたところ、ポリ乳酸とポリグリ
コール酸の共重合物が、水中で1年以内
(270 )で完全に分解したが、その他はほと
んど分解しなかった。
このことは、海洋でのマイクロプラスチ
ック汚染の問題可決には、リ乳酸とポリグ
リコール酸の共重合物が唯一効果が期待さ
れるということで、それ以外の生分解性プ
ラスチックでは、あまり効果は期待できな
いとも言える。
現在、海洋に浮遊しているマイクロプラ
スチックは、短い期間で自然に分解される
ことは期待できない。物理的にフィルター
でろ過をして取り去るか、今後増えないよ
うに規制するしかない。
生分解性という言葉やバイオマス原料を
使用という表現だけで、生分解性プラスチ
ックは環境に配慮した地球に優しいものだ
と認識してしまいがちである。
メーカーとしても、環境に優しいエコな
製品というイメージを提供したいし、特に
比較的生分解性が高いと言われるポリ乳酸
を主体とするバイオマスプラスチック製品
でその傾向が見られる。
我々がそれを安易に受け取って無造作に
投棄してしまうと、いずれは自分達の身に
汚染という災いが降りかかって来ることを
覚えておくべきである。
今昔
縄文時代から陶器は容器として使われており、
それに青銅器・鉄器などの金属が、容器やその他
4
の製品に使われてきた。
を入
酎カメや(貧乏徳利)や酒を入れる磁器製の徳利
(銚子)盃があり、大量の酒・醤油・味噌等を入
れるのには樽が使われてきた。古来からの醸造法
を受け継いでいる老舗では現在でも、木製の大き
な樽を醸造に使っている。現在、慶事に使われる
日本酒の菰かぶり(斗樽)は杉と竹が主材料であ
る。
液体が普
(1.8)
(720ml)の他、ビールワインウイスキー等々、
ルコの容ラス
強く生き残っている。醤油の瓶は塩ビボトルを経
て現在ではペットボトルになってしまった。
食用油が製の
(石油缶)が使われているがその名か示すように
もとは石油を入れる容器であった。現在でも塗料
用の水口石油缶や粉体・固形物を入れる丸口石油
缶も使われている。
一方、包装材料として肉屋では真竹の竹の皮・
や味商うを薄
だ経木が使われており、魚屋や八百屋は古新聞や
その袋が使われていた。
包装すべセル
を素材としたもので、生物分解性の自然高分子で
あった。これらの素材は、乾燥させれば焚きつけ
として使え、燃焼後は、わずかばかりの灰になり、
カリ含むして
撒布され、また、藍染めなど、染色に使うアルカ
リとしても取引されていた。
天然素材から生分解性プラスチック
セロファ(ロハン cellophane) セルロ
スを加工して製造する透明な膜状の物質である。
ファ面にニリ
塗布した防湿セロファンの 2 種類がある。日本国
内では、レンゴーとフタムラ化学で生産している
湿ファ湿処ロフ
欠点を補ったものであるが、そのため生分解性も
失われている。
1912 年にスイスのジャック・ブランデンベル
ガーがセロファンの製法を発明した。原材料は
木材を粉砕して造るパルプである。
(Viscose)
とは、レーヨンを製造する技法の中間生成物、
るいはそれを経る製造技術をいう。
パルプを水酸化ナトリウム NaOH と反応させ
るとセルロース 6 位のヒドロキシル基がナトリ
ウム塩となったアルカリセルロースができる。
れを二硫化炭 CS
2
と混合して静置すると、セル
サン酸ナコロ
(ビスコー)になる。
[C
6
H
7
O
2
(OH)
3
]n + nNaOH
[C
6
H
7
O
2
(OH)
2
(ONa)]n + nH
2
O
[C
6
H
7
O
2
(OH)
2
(ONa)]n + nCS
2
[C
6
H
7
O
2
(OH)
2
(OCSSNa)]n
:キサント xantho はギリシャ語で『黄色』
意で、ビスコースとは、粘いという意 + -ose
を表す語尾からなる造語であり、赤褐色の粘性の
あるコロイドである。
細い
湿すれローゲン
セルに戻の水
により繊維として再生する。
[C
6
H
7
O
2
(OH)
2
(OCSSNa)]n + nH
2
SO
4
[C
6
H
7
O
2
(OH)
3
]n + nCS
2
+ nNaHSO
4
これがビスコースレーヨンであり、細い隙間か
してム状ると
ァンになる。いずれも化学的には天然セルロース
と同じものであり、土中・水中で微生物により分
境負ない評価
いる。
セルの水
結合を解離していったんコロイド溶液とし、それ
ルロ子によっ
5
ロースを再生し、自在の長さ、形状にしたもので
ある。この技術は繊維としては直接使用すること
い低短い繊維
とし用を
るばかりか、光沢ある長い絹糸状の繊維(人造絹
糸・スフ)得られる。
帝国人絹は現在テイジンとして繊維産業に君
臨している。
戦時中の人造絹糸は粗悪繊維の代表であった。
セロファンは透明で細菌を通さないため食品
のパッケージなど、包装材料として使用され、
沢がよいこと、飴などをねじって包んだ場合に勝
手に解けず、開封しやすいことなどの特長がある。
しかし、熱でそりやすい、水に濡れると強度が下
がるなどの問題があるため、近年はポリプロピレ
ンフィルムなどに置き換えられている。また、水
蒸気の透過性は高く、水分はよく通すが、ウイル
ない人工とし
用される。
蓄電して
利用される。海水淡水化プラントで海水から真水
を製造する為の逆浸透膜に用いられる。特に普通
ンはルラを受
やすいがもっとも普及している生分解性の包装
資材と言える。
ただし産業上は紙に分類されるため、ポリ乳酸
分解スチ別さ
る。
1930 年に販売が開始されたセロハンテープの
基材として、耐水性をもたせたものが使用されて
いる。
プラスチックの誕生
リヤードボールとして一時期、素材に
象牙が使用されたが、1800年代中頃にはビ
リヤードボールに使用する象牙需要の高ま
。象 1
頭の象牙では、8個よりも多い量のビリヤー
ドボールを製作することが出来なかったと
いう。しかし、その当時偶然に起こった環
境主義の出現により象の絶滅の危機が叫ば
れ、ビリヤード産業は象牙の供給に対する
危機を実感することになった。そしてビリ
ヤード産業に関わる人々は発明家等に対し、
ニューヨークに拠点を置くビリヤードボー
ルのメーカー、フェラン・アンド・コレン
ダーから提示された1万ドルの懸賞金を掲
げ、象牙に代わるボールの素材を募った。
セルロイドは1856
サンダー・パークスによって初めて造られ
た。パークスはこれを「パークシン」と命
名して売り出したがコストの問題から失敗
に終わった。
1870 ・ウ
ハイアットがビリヤード玉の原料として実
用化に成功し、彼の製造会社の商標として
1870 celluloid
商標登録されたが、ハイアットに懸賞金が
授与されたかどうかは明確に分かっておら
ず、証拠も見つかっていない。
セルロイドは、ニトロセルロースと樟脳
などを混練して製造する、歴史上最初の合
熱可塑性樹脂である。
象牙の代用品として開発され、 90
熱で軟化する。 安定
性を向上
原料を混合し 製造し、成形が簡単であ
ることからかつて大量に使われた。
基本的にセルロイドの材料は板状のセル
ロイド板として造られ が、このセルロイ
ド板の製造にはかなりの時間を要し、厚さ
によって異なるが、大体1週間から2ヶ月程
度かかると言われている。
セルロイドを板状に加工した後に、乾燥
6
させ強度を高めるために日数を要し、厚く
なればなるほど日数がかかる。
ちなみに、セルロイドを使った高級メガ
ネフレームなどに使用される素材は、3年以
上も寝かせた高強度なセルロイドが使用さ
れるため、非常に高 である。またセルロ
イド板はプラスチック材料としては非常に
高価で1kg
われている。これは プラスチック素
材の10 以上の価格になる。
複数の色のセルロイドを寄木細工のよう
にプレスして模様 このようにセ
ルロイドは手作業によって作り出される材
料といってもよい。
(nitrocellulos)
は、硝酸繊維素・硝化綿ともいい、セルロ
ースを硝酸と硫酸との混酸で処理して得ら
れるセルロースの硝酸エステルである。
ニトロ化合物は炭素原子とニトロ基が直
接結合した化合物を言うので、硝酸エステ
ルをニトロ化合物というのは、化学的には
間違っている。
ニトロセルロースは白色または淡黄色の
綿状物質で、着火すると激しく燃焼する。
セルロースを構成するグルコース1
分子あたり
とが可能だが、さまざまな程度に硝化され
たものが得られ、窒素の含有量で区別する。
3HNO
3
+C
6
H
10
O
5
→C
6
H
7
(NO
2
)
3
O
5
+3H
2
O
ニトロセルロースはフィルム強度が高く
溶媒の速乾性に優れており、また、可塑剤・
樹脂・顔料などの添加で改質することがで
きる。セルロイドは
範に使用されたが、易燃性のため、現在で
はこれらの用途にはより難燃性の合成樹脂
が使用されるようになった。
主な用途はラッカー塗料・火薬・ニトロ
セルロース系接着剤である。かつてはセル
ロイド・ 使
れた。手品で紙を一瞬で燃やす場合、紙状
や綿状のニトロセルロースを使用する。紙
状の物はフラッシュペーパー、綿状の物は
フラッシュコットンと呼ばれる。燃やして
も灰が出ない特性を活かしている。
ニトロセルロースを主成分として各種の
添加剤を加えて造粒した火薬は黒色火薬に
替わる小火器、火砲の発射薬として使用さ
れている。発射にあたって大量の白煙を上
げる黒色火薬に比して無煙火薬と呼ばれる。
このうち主にニトロセルロースのみを使用
した火薬をシングルベース火薬と呼ぶ。
現在 世界中の兵士が
持つ自働小銃(アサルトライフル) 弾薬と
してシングルベース火薬を使用している。
燃焼の調整を目的としてニトロセルロー
スにニトログリセリンを加えたものをダブ
ルベース火薬、さらにニトログアニジンを
加えた物をトリプルベース火薬と呼ぶ。こ
ちらは主に大口径火砲の装薬として使用さ
れている。
セルロイドは燃えやすい性質があったた
め、これに
ト・クリスタレートや他のプラスチックの
使用が試みられた。
現在では、ビリヤードボールはひびや衝
撃に強いプラスチック素材を用いて製造さ
れており、厳格な規格が定められている。
ベルギーに拠点を置く企業サラク社は、現
在「アラミス」・「ブランズウィック・セ
ンテニアル」のブランド名で、フェノール
樹脂製のボールを製造している。また、ポ
リエステルやアクリル樹脂など、他のプラ
スチックもボールの素材に使用されており、
アメリカのエレファント・ボールズ社、フ
レンジー・スポーツ社、香港のヴィグマ社
7
等が製造している。
1880
乾板に代わって写真フィルムとして使われ
るようになった。それらの製造技術を開発
したハンニバル・グッドウィンの会社が現
在のイーストマン・コダック社の前身であ
る。
白木屋デパートの火災は、日本の都市災
害史に残る大火災の一つである。1932 12
16日、4階の玩具売り場で火災が発生。
2階、地上8階の建物の4階から8階までを
1
る死者が13人、傷者が67人という、日本初
の高層建築物火災となった。
当時、白木屋は歳末大売出しとクリスマ
スセールが重なり、店内は華やかな飾りつ
けがなされていた。開店前の点検でクリス
マスツリーの豆電球の故障を発見し、開店
直後に男性社員が修理しようとした時、誤
って電線がソケットに触れたため火花が飛
び散り、クリスマスツリーに着火した。火
は山積にされたセルロイド人形やおもちゃ
に燃え移り瞬く間に猛烈な火炎をあげた。
この社員は消火活動をしているうちに煙に
かれ
55人の客や店員は驚いて避難を開始したが、
火の勢いは益々大きくなり、エレベーター
や階段が煙突の役 4階から最上階
8階までが猛煙に包まれた。
日本橋消防署の望楼勤務員がこの火災を
発見し、ポンプ車29
を出動させて消火活動にあたったが、ハシ
ゴ車は5階までしか届かず、ポンプも送水圧
力が上がらないため5階以上への放水はで
きなかった。日本橋消防署に在籍していた
器械体操の経験者が、消防車積載の梯子を
外壁に垂直にかけてよじ登り、ロープで固
定して避難ルートを作った上で被災者を誘
導したが、一部の客や店員らはパニックに
陥り、売り場にある布やカーテンを結んで
ロープ代わりにしたり、女性店員の帯を結
また、消防部が地上 張った救助ネットを
めがけて7
店員が80
に激突して死亡した人もいたという。
これを教訓に、神田消防署に特別救助隊
白木屋店長は、客や従業員を誘導して屋上
に避難し客の生命を守った。
この火災によってセルロイド製玩具の危
険性が社会問題となり、各百貨店の玩具売
り場からセルロイド玩具が一斉に姿を消し
た。しかし、他に代替できる素材が存在し
なかったため、しばらくするとセルロイド
玩具は再び販売されるようになる。
火災以降、セルロイド不燃化や代替素材
の研究開発が進められたが、実現したのは
戦後になってからである。
1955
発していたアメリカで可燃物質規制法が成
立。これにより日本製のセルロイド玩具な
どは全てアメリカへ輸出できなくなった。
またこの出来事を期に世界的にセルロイド
の製造や消費が落ち込む事となった。
20世紀の半ばまでは、鍋の取っ手・万年
筆の筒・眼鏡のフレーム・洋服の襟(カラ
ー)・玩具・飾り物などに広く利用された
セルロイドだが素材の著しい易燃性が問題
となり、アメリカから広まったセルロイド
製品の市場からの排除運動が世界へ広まり、
のちにそれらの製品の多くはアセテート
(酢酸セルロース・
) やポリエチレンなど後発のすぐれた合
8
成樹脂に取って代わられた。
アニメの製作に使われたセル画は当初セ
ルロイドのシートを使用していたためその
名がある。1950
ース製の製品が使われるようになってから
もセル画と呼ばれている。
硝酸セルロースは極めて燃え易く、摩擦
熱などによって発火し易い。さらに光など
セルロイドの易燃性は取り扱いやすさと
いう点では致命的であり、セルロイド工場
では素材の自己反応性による発火が、しば
しば火災の原因となった。
1950
ドをベースにしたフィルムで記録されてお
り、映画館ではフィルム照明のアーク灯や
電球の高温や摩擦によりセルロイドフィル
ムが発火するなどの事故も起きた。
易燃性でフィルム自体が劣化しやすいセ
ルロイドの特性は、原作フィルムの保管を
基本にするフィルム保管施設の作品の長期
アーカイブ上の課題となっている。また実
際に日本では火災事故が起きている(フィ
ルムセンター火災)
日本ではセルロイドは消防法の可燃性の
( 5 )
造・貯蔵・取扱方法が厳しく定められてい
る。
またセルロイド製品は長期にわたる光や
酸素などの影響を受けると、元のセルロー
亀裂を生じたりしやすい。このため長期保
存に向かず、無傷で現存しているアンティ
ーク製品は多くはない。また分解過程で強
酸性ガスを発生させ、セルロイド自身や周
辺の金属などを、腐食させる可能性がある。
セルロイドに代わる、不燃性のアセテー
トなど、プラスチック類の代替素材の開発
が目覚ましく進歩したことから、現在では
セルロイドが用いられることはなくなった。
代表的な製品は、人形・ギターピック・
その美しさから眼鏡のフレーム・ペン軸の
使
現在のピンポン玉はほとんどプラスチック
製のボールが用いられている。
1914
に人形などセルロイド製おもちゃの生産が
始まり、多数が輸出されたがアメリカ政府
の輸入禁止により、産業としては衰退。
2002
具製作所が2018
社である。
医療用生物分解性プ
生分解性プラスチックは「分解されにく
い」というプラスチックの特徴をあえて捨
てた素材である。
医療分野では、
取り出すことが出来ない手術縫合用糸(
分解性ポリエステル)やカテーテル手術後、
カテーテルが通った血管の穴を塞ぐための
プラグとしてポリグリコール酸など生分解
性プラスチックが使われている
1) ウキペディアセルロイド・ニトロセルロース
その他参照
2) 村田徳治 化学はなぜ環境を汚染するの
環境コミュニケ―ションズ 04 10
3) 村田徳治 化学で考える環境・エネルギー・
廃棄物問題 学工業日報社 16 11
4) 村田徳治 増補改訂廃棄物のやさしい化学第
2 日報出版 04 9