1
ホウ素とその化合物(1)
音羽通信 2019.5 月号
循環資源研究所 村田徳治
ホウ素とその化合物
ホウ素は水質 土壌 地下水などに環境
基準が設定されてり、水道水質基準も定
れている。
ホウ素と
管理促進法第一種指定化学物質に指定され
おり、ホウ素
目標を優先的に検討すべき物質に選定され
ている。
ホウ酸は化審法の既存化学物質安全性点
検により、難分解性ではあるが高濃縮性
いが皮膚や粘膜を通して体内に吸収され、
死亡者が出ている。
毒性がなければ、病原菌は死なないので、
毒性で病原菌を死滅させる消毒薬は毒性が
あるのがあたり前のことで、人畜無害の殺
菌剤や殺虫剤では生物は殺せない。
イギリス 広く用いら
れマーガリンバター コン には1.57
2.5
1907年にはクリームに0.4 以下と規
定され1927 欧米各国で
も食品への添加は禁止されている
1960 食品衛生法でその
使用が禁止され もかかわらず
産ねり製品 せんべい ウェハースなどに
添加されて問題になっていた。
1963 10
1)
農学部水産化学 榎本則行両氏
が食品に添加されているホウ酸について詳
細な総説を発表している。
それに
がカマボコ・チクワ・魚肉ソーセージ型カ
マボコ等のねり製品の防腐剤として0.3
0.5%添加されていた。また、歯触り改善の
ため、せんべい・かきもち・ウェハース
どの食品に0.05 0.2%ホウ酸が添加され
ていた。もちろんこれは違法行為である
、取り締まりの目をかすめて、不正使用
されていたのである。硼砂も同様な用途に
使用されていた。
ホウ酸 Boric acid
H
3
BO
3
または B(OH)
3
で表わされるホウ素のオキ
ソ酸である。温常圧では無色無味無臭の結
晶または白色粉末で、やや脂肪ようの感触があり、
空気中では安定である。
水溶液は弱い酸性を示し、メタホウ酸や四ホウ
素の酸を酸と
ばれることもある。
( )
呼ばれ
造る。
Na
2
B
4
O
7
:10H
2
O H
2
SO
4
4H
3
BO
3
Na
2
SO
4
+5H
2
O
世界最大のホウ酸塩の産出地はトルコの
Eti Mine Worksである。
三酸化二ホウ素(B
2
O
3
)を水に溶解しても
製造することができる
B
2
O
3
+3H
2
O2H
3
BO
3
ホウ酸の溶解度が温度によって大きく異
なることを利用して、ホウ酸溶液を再結晶
させて、ホウ酸の結晶を分離する。
10℃の冷水に対する溶解度は 3.65g/100 ml
100 37.9
g/100 ml と、温度上昇に伴い溶解度が大幅に上昇
する。ホウ酸 1g 18ml の水・18ml のエタノー
ル・4ml のグリセリン4ml の熱湯・6ml の沸騰
エタノールに溶ける。
ホウ酸は加熱により順次水を失い、130
付近からメタホウ酸を生成し、更 加熱
2
ると メタホウ酸H
3
BO
2
は単純なHBO
2
BO
4
四面体を
酸素原子が架橋したポリ酸である。
H
3
BO
3
HBO
2
+H
2
O
はメタホウ酸から酸化ホウ素に変化す
H
2
B
4
O
7
れは誤りであることが判明している。
四ホウ酸は遊離酸としてはホウ酸溶液中
にわずかに存在するのみであり、多くは四
ホウ酸ナトリウムなどの塩の形で存在する。
3
れるが、水溶液中ではそのような酸解離は
認められず、ルイス酸として働き、水酸イ
オンを受け取り4配位となる化学平衡が存
在する。解離に伴いエントロピーの減少が
起こる。
ホウ酸のナトリウム塩を硼砂boraxとい
Na
2
B
4
O
5
(OH)
4
8H
2
O(
たは四ホウ酸ナトリウムNa
2
B
4
O
7
10水和
) 2.5・比重1.7・水に
7g/100ml(20 ) 空気中で
風解しやすく、結晶水を失ってチンカルコ
ナイトNa
2
B
4
O
5
(OH)
4
3H
2
Oになる。
塩湖が乾燥した跡地で産出することが多
く、古くはチベットの干湖からヨーロッパ
へもたらされ、特殊ガラスやエナメル塗料
の原料になった。
19世紀~20 西
デスヴァレーなどの鉱床が発見された。
、アメリカ・ロシア・トルコ・アルゼン
チンのほか、イタリアのトスカーナ地方
ドイツなどでも産出 る。
硼砂は
使用されるほか、ホウ砂そのものの特性を
利用した様々な用途がある。350 400
熱すると無水物になり、さらに熱すると
878
る。このもの
る性質を持つため、融剤として使われるほ
か、このとき金属によって特有の色を呈す
るため、定性分析や陶芸用の釉薬融剤とし
て使われる。
ガラスに混ぜると熱衝撃や化学的浸食に
強いホウケイ酸ガラスとなるため、耐熱ガ
ラスの原料になる。
融剤flux
に添加 作用は化学
反応や塩の交換反応に基づいて液相を形成
する場合が多い。また、セラミックスの焼
結反応や結晶化を促進する目的や、単結晶
を得やすくするために添加 る薬剤などは
多成分系の融点降下により熔融しやすくす
る。
ホウ酸解離定数が小さいため、中和滴定
曲線では当量点が不明瞭 、塩基による中
和滴定は困難であるが、エチレングリコー
ルなど多価アルコールと錯塩を造り、エス
テルを形成し酸解離定数が大きくなり、
塩基酸を形成すると 中和滴定が可能
る。このように酸性の強い物質になるから
点眼薬などの場合には注意を要する
H
3
BO
3
+ 2 (CH
2
OH)
2
H
+
+ BO
4
(CH
2
CH
2
)
2−
+ 3H
2
O
また、ホウ酸を純硫酸に溶解すると硫酸
水素イオンと錯体を形成し、硫酸中で強酸
として働く数少ない物質になる。
H
3
BO
3
+6H
2
SO
4
3H
3
O
+
+B(HSO
4
)
4
+2HSO
4
ホウ酸は軟膏として創傷の治療に、また
3
眼病の際の罨法薬として、古くから家庭に
なじみ深い薬品である。子供の頃、眼を悪
( )
洗っていたが、この方法を罨法というらし
い。後に粘膜からも吸収することが判明、
そのため、ホウ酸で眼を洗うことは無くな
ったのではないかと思われる。
B
2
ガラ
( )
原料・ニッケルめっき添加 ・銀塩写真の
現像液材料・塗料・顔料・皮なめしなどに
使われてい
単体ホウ素 ホウ酸やその
等の や哺乳動物にと
っては食塩と同程度に無毒である。
哺乳 (D
50
) は体
1kg当たりおよそ6gであり、LD
50
が体重
1kg当たり2g以上
るとされている。ヒトに対する最小致死量
ははっきりせず、事件を除く1 4gのホウ酸
の摂取は報告されているが、それを超える
量の摂取では有毒であると考えられている
1 3%の濃厚
水溶
止するに過ぎない 糸状菌はホウ
0.13
4 液に24時間放置しても死滅しない
50 1 0.5g以上のホウ酸を
摂取すると下痢など消化器系に障害が発生
する。
ウ酸20g
が生じることなく使用されている。
魚類は飽和ホウ酸溶液中で30分間生存す
ることができ、ホウ酸ナトリウム溶液中で
はより長く生存できる。ホウ酸は、昆虫に
対しては他の生物より毒性が強く、ゴキブ
リ等の殺虫剤として利用されている。
ボランのような水素化ホウ素やそれに類
似したガス状の化合物は毒性が顕著であり、
その毒性は化学構造に起因する。
ボランは可燃性かつ有毒であるため、取
り扱いには特別な操作が必要となる。
水素化ホウ素ナトリウムは強い還元性を
持つ物質であるため、水 酸化剤など
と反応して火災や爆発を起こす危険性があ
る。ハロゲン化ホウ素は腐食性を有する。
ホウ酸の毒性は、
日本薬局法註解によると ホウ酸の致
死量は大人は約20g幼児は約5g 症状
は服用後2 3時間で嘔吐 下痢を起こし
虚脱となり 紅斑を生 3 5日後に死亡す
ホウ酸の致死量は 成人 15 30g・
児は36g 消化管からの吸収はすみやか
であり 皮膚(軟膏類)からもわずか 吸収
する。
経口中毒症状としては腹痛 嘔吐 脈搏
微弱があり 喪失
なる 蒼白になったりチアノーゼ(青色
)になることもある
経口的にホウ酸やホウ砂を摂ったアメリ
カでの中毒例では、86人の患者のうち42
が死亡し 48.8 する。
中毒例の43 1才以下の幼児で全死亡者
中の45.2 また ホウ酸
軟膏による火傷の治療 4例の中毒例
さらにホウ酸水による傷口の灌注で3例の
死亡例があった。
生後9
た際の解剖的所見では 大量のホウ酸が
肝臓 腎臓 心臓 胸腺 筋肉 体脂
全血液 漿 しかもこの
患者は
のために 亜鉛華軟膏 粉末ホウ酸を家庭
4
で数日間連続使用した結果の中毒による死
亡であった 発疹患部 皮膚からの吸収で
さえも
ので、経口摂取での毒性は恐るべきもの
である
アメリカでは
因として誤用 粉末ホウ
酸は外観が一般家庭用品とよく似ていて
グルコース(ブドウ糖)と間違えやすい
ホウ酸の水溶液は無色 無味 無臭なの
水と間違えて飲用する恐れが多分にあ
とし 昇汞
提唱されている
日本でも 使
とが多いから 充分に警戒
しなければならない
ゴキブリ じゃがいも
団子が使用されているが 幼児が誤って口
に入れないように注意が望まれる
植物性食品中には天然にホウ素を含有す
るものが多い ホウ素は高等植物の微量必
須元素として注目されていて これが不足
ると病気になった 、成長が悪 なるこ
とが知られている
顕花植物2 海藻10 茸類3種につい
それらの灰分の 含量を調査した
結果、顕花植物で 最大 イチョウの
黄葉で2976ppm 1391ppm
モミジ891ppm
0 2.88ppm
36ppmササ54ppm 64ppmなどであ
って 前者
の方がホウ素含量は大であった
海藻類で 最高 716ppm
最低はトロロコンブ9ppmであった。海藻類
では、
天原藻 し、北は樺
(サハリン) 南は南洋諸島やメキシコに
至る各地に産する寒天原藻約120 多数
の寒天についてホウ酸の定量分析 行な
れた。
原藻のホウ酸含量は種類によって異なり
イタニグサが最も多くてテングサの7倍に
及ぶ
確実であるが
化が大であったという。
寒天のホウ酸含量は個別的相違よりもむ
しろ産地別的な色彩が濃厚であって 関西
のものは少なく信州のものが最も多かった
関西では優良な原料を使用して漂白を施し
かつ寒天質抽出に際し ホウ砂を使用しな
いのに対し 岐阜 西
質の劣る原藻を使用するのみならず 漂白
することなくホウ砂を使用するためと推定
されている
原藻中のホウ酸がどの程度に寒天に移行
するか 調 原藻中のものは約
1/3が寒天に残存し 2/3は凍結トコロテン
が寒天となる際に融解水とともに逸脱する
こと 明らかになった。
寒天 、ま
5
た、日本産 ホウ
含量を定量し 方が、
本産よりも少ないことと、イギス シマテ
ングサ イタニグサはホウ素含量が多い
とが判明した。食用に供する場合寒天は2
3 程度しか食品に混入しないので、寒天
添加食品の摂取量のこともあわせて考慮す
れば
減少することにはなるが 寒天の他にも天
然にホウ酸を含有するものは多いので
れらの食品が寒天と共に摂取される場合は
ホウ酸の総量が増加することになるので、
充分に注意する要がある。
タケノコの
部も肉部もともに下部に濃縮され、特に
ダケの肉部には多量に含まれていて 先端
芽になる上部が最小値を示している
また果実 豆類その他に
ついての定量値が報告されているが 海藻
(100 300mg/kg) (30 40mg/kg) 果実
(20 60mg/kg) が比較的多量のホウ酸を
含む食品として知られている
天然食品中のホウ酸含量についてはその
測定資料が少ないので 定量法の簡素化で
さらに多くの食品のホウ酸含量が明らかに
されることが望ましい ホウ酸は多価アル
コールと錯塩を造り 天然物中
多価ヒドロキシ
る可能性が考えられる
ターメリック試験紙( クルクミンをしみ
込ませた淡黄色試験紙) 酸・
と反応して るが、本試験紙
で定量測定はできない ホウ酸の検出反応
では、
されることもあり、 せんべ
ウェハースなどのように故意に添加し
注意が
必要である。
使
ホウ酸は食品衛生法で使用が禁止されて
いるにもかかわらずその不正使用が絶えな
いのは価格が低廉であること 効力がある
こと(ただしこれは菌に対して選択性がな
かつその使用濃度が高いので効力が大
であるように思われている)入手が容易な
こと 使 便
る。
食品衛生的に見た場合 ホウ酸 ホウ砂
の使用はきわめて重大な問題である
古く 1936
試験した結果
冬季には減少・ 増加することが
されている。 圏内でもかなり
ホウ酸が添加されていた
仙台 新潟 高岡 岡山 広島 山口
八幡浜高知 1958
7 9月に集めた市販の板付カマボコ
肉ソーセージ型カマボコ チクワ・薩摩
どの品種について ホウ酸の不正使用状
況を調べた結果その総数167点中からホウ
酸が検出された は山口 高知
川の3県のみであ た。3 を除くと 他の
からの検出率は0であった全国的に見る
とねり製品にホウ酸を使用する地域は限定
6
されている 福岡市で1962年に調べた結果
では10 11月の製品に412月末の製品
1件のホウ酸混入カマボコを見つけた。
7 8月の盛夏の製品には 予期に反して
ホウ酸を検出することができなかった
れは
業者は腐敗を恐れて多量には製造し
いで製品を早くさばくことに留意するため
防腐剤としてホウ酸を使用しないという逆
の現象を示した 10 11月は
行楽シーズン
費が多く 小規
模の業者は前もって造り ためて置く。そ
のためホウ酸を添加する
最大 3.9 にも及ぶ
もの るが、0.3 0.5 が大部分を占め
ている3.9 のような高率のものの出現
る理由は、 ので
均一に混和されず
在していたためであろうと推定している
事実このような高濃度のホウ酸使用は常識
では考えられないので、このような推定を
下さなければ解釈 業者がスリ身
にホウ酸を入れている実態は「1臼に500
のホウ酸袋を1つとか2つ」といった はな
はだ雑な方法で らしく、均一に混
合していてもこのような高濃度になる可能
性は充分に考えられる
小児はカマボコを好む傾向があり、ホウ
酸の小児に対する致死量は5g前後である
カマボコ1本は 80 90gなので3.9 のよ
うな高率のものなら1本半で致死量に達す
る計算になる。
引用・参考文献
1) 冨安行雄 榎本則行 食品衛生 Vol.4.
No.5 10/1963
2)
環境コミュニケイションス 2001 10
3) 村田徳治 増補改訂廃棄物のやさしい化学第
2 日報出版 2004 9
4) 村田徳治 月刊廃棄物 載記事 報ビジ
ネス
5) 村田徳治 増補改訂廃棄物のやさしい化
2 日報出版 2004 9
6) 村田徳治 化学で考える環境・エネルギー・
廃棄物 化学工業日報 2016